おとなのための地理学

西脇保幸

横浜国立大学 名誉教授

第3回 「土地柄」って何だろう

2022年11月28日

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前回は、地理的な視点として位置や分布から捉えることを確認しましたが、今回は場所や地域の特徴から捉える見方を考えてみることにしましょう。

 

地理は英語でgeographyと言うように、ヨーロッパの言語では、そのgeo(土地)とgraphy(記述したもの)の類型で表現されます。つまり、土地や場所の特徴を捉えることは、地理学の究極の目標と考えられてきました。そうした「土地柄」への追究は日本でも古くから行われ、例えば江戸幕府が武蔵国や相模国を対象にそれぞれ『新編武蔵風土記稿』や『新編相模国風土記稿』を編纂したことが知られています。このように地域の特徴や個性(地域性)を明らかにしようとする「地誌学」は地理学の一分野となっています。

 

土地柄や地域性は、その土地や地域の自然現象と人文現象から総合的に捉えることになります。まず、気候・地形・植生・土壌といった自然環境を構成する要素をそれぞれ地域ごとの特色や空間的パターンなどから追究し、それぞれの要素が相互に関連し合い、場所や地域の自然環境の特色を育んでいることを明らかにするのが「自然地理学」です。

 

その一分野である地形学の視点から土地柄の例を考えてみましょう。広域的な事例では、東日本大震災などで日本が地震国であることはことさら深く認識されるところですが、その発生源となるプレートの境界、活断層や火山の存在とそこからの距離は、その場所の地形的特徴となります。実際に地震国と地震の少ない国では、安全性が常に問われる原子力発電の取り組み方に当然差が生じてくることでしょう。また狭い範囲での事例では、異常気象の目立つ近年の洪水の被害から、小規模で微細な起伏を持つ地形(微地形)が注視されるようになりました。同じ河川沿いの低地でも、過去の洪水時に土砂が多く堆積してできた微高地は自然堤防と呼ばれ、そこには古くから集落や道路が造られたのです。

 

次に、地表面における人間の存在や活動のあり方といった人文現象の地域ごとの特色や空間的な構造を追究するのが「人文地理学」です。具体的には、都市村落・産業・交通・人口といった事象ごとに考えますが、それらが相互に関連することは言うまでもありません。人文地理学では、人間活動を自然環境との関わり、地域的な差異、空間的なパターンなどから追究します。そのうち空間的な分析は、統計的・数量的な手法を用いて人間活動の一般性や法則性を明らかにできるとして、1960年代以降人文地理学の主流となってきました。しかしその後、日常生活、文学、芸術などに見られる人間の意識、経験、想像力から地域理解や空間認識を深めようとする人文主義地理学の流れも生まれてきました。

 

そうした考え方による身近な例として、方位についての表現を紹介しましょう。東アジアの漢字文化圏では元来、南北よりも東西を重視し、日本でも「東南アジア」と呼んでいます。しかし英語ではSoutheast Asiaと記すように、欧米では南北が先に表現されます。また、日本では気象などの科学技術用語としては「北東」のように欧米的な表記となりますが、地域の名称としては「東北地方」と呼んでいるとおりです。

 

横浜旧市街に見られる微高地

手前の中華街よりも、門の外側を左右(東西)に走る通りの方が標高が高い。

通りはかつての砂州の上に造られたものだからだ。

詳細については、拙著『地域発見と地理認識―観光旅行とポタリングの楽しみ方―』

「第5章 ポタリングのすすめ」の「5.神奈川:横浜中心部の満喫コース」を参照。

(2009年筆者撮影)