前回は、自然環境と人間活動の関係性について考えてみましたが、世界の自然環境は同一でなく、人間が資源を求めて移動したり、必要な物資の輸送や新たな技術の伝播がなされたりして、移動による人間と空間の相互作用が見られるようになりました。世界の中の日本を産業や人の面から考察する上でも、移動の発生要因、その実態、その結果としての地域的結びつきや相互依存の経済などを考えてみると、見えてくることが多いようです。
まず、食料を例に見てみましょう。高度経済成長期以降進んだ食生活の欧風化や第1次産業従事者の減少などから、日本の食料自給率は主食用穀物で1960年の89%から2019年の61%に低下しています。特に飼料用を含めた穀物全体では、82%から28%へと減少が著しいです。鶏卵の96%(2019年、以下同様)、牛乳・乳製品の59%、肉類の52%も、飼料の海外依存度の大きさを考慮すれば、実質的な自給率はさらに低いと考えられます。米はかろうじて97%を保っていますが、小麦は16%にすぎません。小麦の主な輸入先はアメリカ・カナダ・オーストラリアであり、飼料用トウモロコシはアメリカ・ブラジル・アルゼンチンとなっています。それらの国々は農産物の世界的な輸出国であり、その生産量や価格が世界市場や輸入国に与える影響は大きくなります。小麦やトウモロコシの輸出国となっているウクライナへのロシアの侵攻によって小麦価格が値上がりし、日本の食卓にも波及したとおりです。また、輸出国からの安定した輸送ルート維持にかかる莫大な費用も考慮しなければなりません。輸入に依存する日本は、エネルギーだけでなく食料においても常に安全保障が問われていると言えそうです。
ものづくりでは、工業の発展で国際分業が進みました。付加価値額が低い製造工程は賃金の安い発展途上国に移転し、先進国では企画・開発や販売に重点を置くようになりました。特にICT(情報通信技術)の発展はそうしたグローバル化をさらに進展させて、先進国にある本社が、海外にある原材料・部品などの生産工場や組み立て工場、流通・販売の拠点とインターネットで繋がり、全工程の国際分業が展開されるようになりました。しかし、その結果、先進国内の産業が衰退して産業の空洞化が問題になっていることは周知のとおりです。
1970年代以降、国内の商業やサービス業でも移動の現象が見られるようになりました。商業施設の大規模化やモータリゼーションによって、都市の郊外にショッピングセンターが造られるようになったのはその顕著な例でしょう。ショッピングセンター内への小売店・サービス業の集中で集積の利益が得られていますが、それによって駅前等の商店街が衰退を余儀なくされており、都市の中心部が移動していると考えられます。一方でICT化は通信販売や配送サービスを推し進めており、商店街に出店できない個人商店でもブランド化に成功すれば、世界中から注文を受けられ、地域経済に影響を与えることも期待できます。
また、国内での人口分布では高度経済成長期以降、東京圏への集中が進み、全国の人口の約1/4が東京圏で暮らしています。進む一極集中が、地域経済や防災などさまざまな課題をもたらしているようです。さらに、人の移動の代表例として外国人観光客があり、世界では2019年に14億人を超えるまでになりましたが、経済発展の地域間格差が移民を、迫害が難民を生み出していることが問題となっています。アフリカ・中東からヨーロッパへ、中南米からアメリカ合衆国への移民・難民の移動のほかに、日本への東南アジアなどからの外国人労働者も見られるとおりです。言語・文化の違いや収入の格差など、受け入れ国の住民との間に対立も起きており、マイノリティの人権をどれだけ尊重できるのかが問われています。
東京都渋谷区にある東京ジャーミイ
この場所には、ロシア革命で日本へ逃れてきたトルコ系民族の人々によって
1938年に開設されたモスクがあったが、老朽化で2000年に再建された。
トルコ人によって建造された日本にある数少ないモスクの1つ。
中央のドームとつくしのようなミナレットを備えたオスマン様式となっている。
イスラム教徒の移住者が増加している昨今、
このモスクの重要性は高まっているようだ。
(2018年筆者撮影)