ONCE UPON A TIME

野口世津子

歌人(emotional)

Ⅱ 記憶のひと

2022年11月24日

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伊勢佐木町で、強く記憶に残る女性がひとりふたり……といらっしゃいます。

 

まず一番は、メリーさんで、映画やひとり芝居にもなり、有名になりましたが、1960年代後半から90年代中期まで、伊勢佐木町にお使いに行けば見かける、名物おばちゃまでした。

 

真っ白なお顔に黒々とひかれたアイライン、紫や白のレースの洒落た洋服に金色、時に銀色の大きなバッグを持ち、存在の全てを詰め込んだようなまぁるく膨らんだ背中して街を歩く姿は人目を惹いたものでした。当時一丁目にあった森永ラブや横浜西口の高島屋の喫茶セブンで軽食を摂る姿を見かけましたし、その折りに「胡瓜を抜いて下さらない」とサンドウィッチのオーダーに重ねた声のか細さに驚き、あれもこれもが何だかチグハグなのに、らしくもあると思わされ、こちらが年齢を重ねるにつけ、越し方や女の一生を考えるよすがにもなりました。

 

姿を見かけなくなる直前には、同じようなメーキャップ、同じような服装なのに「メリーさんて、ふたりいるの?」と言う人が現れるほど、似て非なる人のように見えたのは、お体の不調だったか、お年を重ねた所為だったか、今となっては直接話すことなく過ぎたことはとても残念なことです。

 

もうひとりは、今でも伊勢佐木町モール一丁目の入り口近くにある老舗の和菓子屋「みのや本店」のおかみさん……奥さんではなくておかみさん!

 

既に代は代わり先代、先々代かも知れません。当時店内は今と違った配置で、ショウケースに囲まれた真ん中にレジがあり、おかみさんはいつも其処に座っていました。ご自分の髪で結い上げた日本髪にしゃきっとした着付けの着物姿で、多分80年代半ばまで、或いは後半までお店に出ていらっしゃったかと。練り切りなどの和菓子が大好きな娘が「わぁ、綺麗。美味しそう」とケースの中を覗き込んでいると、おかみさんはレジ脇の筆を執り、熨斗にさらさらと「そしな」の文字を認め、手拭いを下さったりしたものです。墨の色鮮やかなその文字は、仮名書きの手本のように美しかったのが忘れられません。

 

また、そのおかみさんのあとを継がれたおかみさんも和服で通されていましたが、お二方は店の大黒柱の風格は一様であるものの、結髪と着付けは大きく違いました。後者のおかみさんはこういうのを鴉の濡れ羽色というのだろうか、と思わせる豊かな黒髪を櫛巻きのように纏め、着付けは一見ぐずぐずなのに実際着崩れたところなど見ることの無い上級の粋な着付けをなさっていました。

 

 

派手な洋服とメーキャップ、片や紅の色さえ思い出せない深い色合いの和服姿の女性たちは、佇まいこそ違うものの、芯の通りを感じさせ、おんなの生き方は斯くも多種多彩、なんでもありだと教えてくれたものでした。