午後3時ごろ、ケータイが鳴った。
「あのう、わたし、春風社にいたMです。石橋さんに会いたくなって、春風社に電話したら、退職されたと聞いたもので…」
………。まさか、あのMさん? どうして今ごろ?
14、5年前だろうか? Mさんは、春風社が新卒の営業担当を募集したときに入社した。
有名女子大学を卒業し、かわいく、美人。男たちにモテた。
2年ほど勤めただろうか。
わたしが仕事上の注意をすると、だまってスッと席を立ち、
しばらく戻らないことがあった。
トイレで泣いているのだった。
こんな情景は、他の新入社員との間にもあった。
バカ正直なわたしは、ストレートな物言いで容赦なく注意した。
有名大学をでたばかりの、他人から注意されたことのない若者たちは、さぞやプライドを傷つけられただろう。
「今どうしてるの?」
と聞くと、
「その後勉強をし直して教師をしています。39歳になりました。結婚して子どもが3人います。
石橋さんに感謝しています。あの頃注意していただいて……」
目頭が熱くなった。
再会を約束し、ケータイを置いた。