ぼちぼち日録

倉本聰と平戸と

2026年10月20日New

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「長崎に「平戸」という島があってネ。それは美しい島で、日本が初めてオランダと交易をしたところなの。

お寺と教会が隣り合わせに建っていてネ。大らかさを感じたわ」と、わたしは話し始めた。

「どうして平戸に興味を持ったかというとネ。数十年前にテレビドラマで「平戸にて」を観てネ。

妙にそれが頭の隅に残っていて、九州に行くことがあったら、平戸に行きたいと思ったの」

 

来春刊行予定の『気づけば社会教育―わたしのなかの私たちへ』(仮)の打ち合わせを自由が丘の料理屋で行った。

メンバーは編著者(九州大学の岡幸江)、執筆者の一人(広告プランナーの吉田知津子)、左右社の編集者(山田愛)、コーディネーター(カンナ社石橋)の4人である。

 

メンバーの一人、吉田氏がわたしの話に興味を示し、ネットで「平戸にて」を検索すると、

「あ! そのドラマ、脚本が倉本聰先生だわ!」と声を上げた。

吉田氏は広告会社のプランナーとして「北の国から」の制作に加わったというのだ。

以降、倉本先生とはお親しい関係だったそうで、先日亡くなる少し前も富良野のご自宅を訪問したという。

 

縁、繋がりは時として必然を感じさせる。

 

わたしはまた平戸行きを計画している。今度は単身でなく、女性5、6人がいいな。